2016年2月6日土曜日

安芸高田市吉田町 桂城に登る(5)

 山を下り麓にある桂 広澄の墓に行きました。広澄は坂氏の嫡流筋に生まれたが分家して桂村に居住し桂姓を名乗りました。大永4年(1524年)一族の坂広秀の元就への謀反の責任をとり自害しました。墓前には東屋風の休憩所が整備され、石段の上に五輪塔や宝篋印塔が並んでいました。大きさや形が合っていないものが積み重ねてあり、たくさんあった一族の墓石を寄せ集め適当に積み上げたものでしょう。毛利元就生誕500年を記念して地域の有志が平成9年に整備されたようです。
桂 広澄の墓①

桂 広澄の墓② 石段の上に並んでいる

五輪塔や宝篋印塔だが大きさや形が不ぞろい

平成9年に毛利元就生誕五百年記念として地域の有志により整備されたようだ

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