歴史さんぽ
2017年8月25日金曜日
日通寺~工兵橋~八剣神社を歩く
日通寺から京橋川に架かる工兵橋を渡ります。この橋は陸軍工兵第五連隊が牛田の演習場への連絡通路として1889年に架けたのが最初で、その後1933年、1954年と2度架け替えられたようです。原爆投下時には損傷が少なかったため、多くの人々がこの橋を渡って避難したようです。陸軍工兵第五連隊があった場所には慰霊碑が建っていました。京橋川沿いを南に下って行くと、牛田大橋の近くに八剣神社があります。この神社は前にも紹介しましたが洪水でこの場所の堤防が切れるため、人柱を立てて洪水を防ぐ案が出されたとき、それを不憫に思った福島正則が大切にしていた秘蔵の名剣8振りを箱に納めて埋めたところ洪水を堰き止めることができたため、1617年、この地に祠を建て剣の霊を祀ったということです。福島正則が広島を治めていたのは1600年から1619年までのおよそ20年ですが、統治の基盤となるような大きな事業をやったわりに評価されていません。しかし、わずかに残されているこのような思いやりのある面をみると、意図的に功績が隠されたのかも知れないと思えてきました。
工兵橋(1889年に最初の橋が架けられ現在3代目)
陸軍工兵第五連隊が牛田の演習場への連絡通路として架けた
吊り橋のワイヤーを支える土台
陸軍工兵第五連隊があった場所に建つ慰霊碑
八剣神社(1617年建立)
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