歴史さんぽ
2019年7月25日木曜日
八条原城跡を訪ねて(2)志和神社②
八条原城は、広島藩が戊辰戦争の戦乱の拡大を想定し築いた藩庁兼城郭です。広島城は海に近く平城であることから、大砲を使った近代戦に対して弱いため、有事に対応する目的で志和盆地に築かれたようですが、戊辰戦争が終わったため築城は中止されたようです。近くに石垣が残っているということなので、神社の裏に行ってみましたがよく分かりません。わずかに八条原城抜け穴と読める木の看板がありました。非常時に使うことを想定して掘られたものでしょうか。神社の近くにおられた人に聞くと石垣にはシカの防止柵を抜けて更に藪の中に入らないといけないらしく、近づくのは難しいでしょうということで、今回は行くのをあきらめ、秋になり木の葉が落ちてから行ってみることにしました。志和神社の拝殿にはたくさんの絵馬が掲げられていました。
志和神社正面
志和神社向かって左側面
拝殿に掲げられた絵馬
八条原城抜け穴と読める
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