10月26日は滋賀県は雨が降ったので、山には登らずマキノ高原メタセコイヤ並木を通って、若狭神宮寺に行きました。マキノ高原のメタセコイヤ並木は1981年防風林として1,8km440本、翌年県道にも植えられ2,4km500本のメタセコイヤ並木が続いています。雨に濡れた並木道も風情がありました。歩いているとコスモス畑もあったので観に行きました。続いて向かったのは若狭神宮寺。若狭神宮寺は福井県小浜市にある天台宗の寺です。本堂は1553年に朝倉義景によって再建されたもので重要文化財に指定されています。東大寺二月堂への「水送り」が行われる寺として有名です。茅葺の茶室も良い雰囲気でした。
歴史さんぽ
2026年10月28日水曜日
2026年10月27日火曜日
八幡山に登る
安土城に続いてロープウェイで八幡山に登りました。この山は豊臣秀次の築いた八幡山城があった山です。まだ立派な石垣が残っていました。頂上の三角点にタッチして琵琶湖を眺めました。本丸跡には秀次生母の秀吉の姉の智の方(日秀尼)が秀次の菩提を弔うために1596年に創建した村雲御所瑞龍寺門跡が建っていました。この寺は元は京都村雲の地にありましたが1961年にこの地に移築されました。黒猫が寺の主のように座っていました、境内には日秀尼の開山塔も建っていました。
八幡山城石垣 三角点にタッチ 琵琶湖が良く見える 村雲御所瑞龍寺門跡 黒猫 開山塔安土城跡に登る
10月25日、団地の山登りの仲間と安土城跡に登りました。早速長く、急な石段が続きます。その石段には石仏や仏足石まで使われています。天主閣跡には柱の礎石が残っていました。天主閣跡からは遠く琵琶湖が見えました。現在は四方とも干拓により陸地となっていますが、安土城を建てたころは安土城の建つ安土山の麓は琵琶湖の内湖に囲まれ、南方のみが開けた地形だったようです。
安土城跡に登山開始 長い石段を上る 石仏も石段の材料 仏足石まで石垣の材料 天主閣跡 天主閣跡からの眺め2026年10月24日土曜日
庭のサザンカとツワブキの花が咲いた
今日はシトシト雨が降りました。庭を見るとサザンカの花とツワブキの花が咲いていました。早速カメラにマクロレンズを付けて撮ってみました。水滴がついた花も良いものです。ツワブキの花の中心部は筒状花です。先端がクルッと丸まって面白いです、その先端に小さいアリが来ていました。蜜をなめに来たのでしょう。
サザンカの花
雨に濡れて雫がついているツワブキの花
クルッと先端が丸まった筒状花先端にアリ
2026年10月23日金曜日
地上から一番早く原爆のきのこ雲を撮ったカメラ
中国新聞本社のロビーに、中国新聞社のカメラマンが使っていたカメラが展示されています。その中に原子爆弾の炸裂2分後を捉えたカメラが展示されていました。そのカメラで撮ったきのこ雲の写真も展示されていました。
原子爆弾の炸裂2分後を捉えたカメラ 府中町で撮影したきのこ雲
2026年10月22日木曜日
西本川濱恵美須神社に立ち寄る
本川橋西詰近くの西本川濱恵美須神社脇を通りかかったので、立ち寄りました。案内板によればこの神社は文政年間(1818~1829)の創建で、この辺りは江戸時代は広島最大の川港で近辺の河岸には商家が立ち並び、この社はその商家の信仰を集めていたようです。明治16年に描かれた絵が案内板にありましたが、繁盛している様子が描かれています。建物は原爆で焼けましたが文政12年に奉納された手水鉢は残っていました。屋根を見ると桃の留蓋瓦が乗っていました。桃は魔除けや邪気払い、不老長寿の縁起物として使われる瓦のようです。二度と戦争で焼かれることが無いことを祈ります。
本川沿いに神社がある 西本川濱恵美須神社 文政12年(1829)奉納の手水鉢 桃の留蓋瓦 明治16年の恵美須神社あたりの様子を描いた絵
2026年10月21日水曜日
10月21日の広島平和記念公園
広島平和記念公園を通りました。イチョウの木の葉が黄色く染まっていました。原爆の子の像前にはたくさんの方々が集まっていました。平和記念公園のバラ園から原爆ドームが見えます。圧倒的にインバウンドの方が目立ち、カフェの周りはヨーロッパの一角のように見えます。
イチョウの木の葉が黄色く染まっている 原爆の子の像前に集まるたくさんの人々 平和公園から原爆ドームを見るインバウンドの方が目立つ
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