2013年6月7日金曜日

松江・出雲を訪ねて(3)堀川めぐり

 松江城の堀川には堀川めぐりの舟が運航されており、観光客が楽しんでおられました。絵になる風景です。
松江城の堀では堀川めぐりの遊覧船が運航されています。

堀端ではアジサイが咲いていました。

2013年6月6日木曜日

松江・出雲を訪ねて(2)城山稲荷神社石狐

 松江城の中に城山稲荷神社があります。稲荷神社には古びて、少しひびが入った石狐がありました。この石狐よく見ると、お腹のところに、かわいい子狐が入っていました。この稲荷神社の近くにラフカディオ・ハーンが住んでおり、よく参詣し石狐を珍しがって見ていたそうです。
城山稲荷神社の石狐 

お腹の下に何かいるぞ!


かわいい子狐が入っていました。

2013年6月5日水曜日

松江・出雲を訪ねて(1) 松江城

 松江・出雲を訪ねました。松江城は江戸時代初期(1611年)に建てられ、天守が現在まで残っています。
松江城天守(国の重要文化財)

小学生が写生をしていた。

松江城内にある松江護国神社 「二度とこのような情景の無いように」

2013年6月4日火曜日

棚田の米作り(2)

広島市北部の棚田では、田植えが終わりました。
棚田は田植えが終わっています。

機械で田植えをした後の植え直しがされています。犬ものんびり散歩!

曲がった田んぼにもきれいに苗が植えられています。

田んぼの端にはきれいな花が咲いていました。

苗が植えられた田んぼに高い柵が!棚田の稲作はイノシシやシカとの戦い。

2013年6月3日月曜日

鈴木三重吉文学碑

 相生橋の西詰原爆ドームの近くに圓鍔勝三制作の小説家・児童文学者鈴木三重吉文学碑があります。鈴木三重吉は明治15年(1882年)この地の近くで生まれました。
鈴木三重吉文学碑
児童文学誌「赤い鳥」を創刊主宰するなど児童文学振興のための大きな功績により、児童文学の父と言われた。
 



鈴木三重吉の像(圓鍔勝三制作)

鈴木三重吉文学碑

弟に添えられた姉のてが優しい

鈴木三重吉の直筆の詩「私は永久に夢を持つ ただ年少時のごとく ために悩むこと浅きのみ」

2013年6月2日日曜日

萬象園の屋形灯篭

 NTT広島玄関西側(中区基町)に萬象園の屋形灯篭があります。気をつけていないと見落としてしまいそうですが、由緒ある灯篭です。説明板によると浅野藩筆頭家老三原浅野家の別邸として創始された萬象園(中区羽衣町)に設置してあった灯篭だそうです。萬象園という名称は頼山陽により名づけられ、縮景園に次ぐ名園といわれていたそうです。1958年まで浅野家により管理されていましたが、1959年当時の日本電信電話公社に所有権が移り、福利厚生施設として利用されてきましたが、2002年閉園され、灯篭は現在地に移されたのだそうです。
萬象園の屋形灯篭・礎石

萬象園にあったものをこの地に移設された。

2013年6月1日土曜日

広島の橋(5)相生橋

 本川と元安川との分岐点に架かる橋が相生橋です。この橋は1878年明治になってから木橋として架けられたのが最初です。初代の橋は1919年に洪水により落橋し、1932年に架け替えられ1940年に連絡橋が鋼鈑桁橋となり、T字型となりました。その2代目の橋はT字型のその独特の形が目印となり、原爆投下の目標点となったといわれています。原爆投下による落橋は免れましたが、爆心地に近いため、この橋の近くで多くの方が亡くなられました。現在の橋は1978年に起工し1983年に竣工したものです。
T字型の独特の形の相生橋

相生橋の下



初代親柱(相生橋東詰 原爆ドーム近くに設置されている。初代相生橋はこの位置にあった。)


2代目親柱(相生橋連絡橋南詰平和記念公園内に設置されている。)