2024年10月20日日曜日

東海道53次亀山宿から日永まで歩く(7)庄野宿~石薬師宿

 東海道53次歩き二日目は庄野宿から石薬師宿を経て日永まで歩きます。国道1号沿いを歩きたり、田畑の広がる地域を気持ち良く歩いたりするうちに石薬師一里塚に着きました。江戸日本橋から102番目の一里塚です。元の榎は伊勢湾台風で倒れ、戦後根元だけが残っていたが、その後消えてしまったので昭和52年に南側にエノキの若木を植え「史跡石薬師の一里塚跡」の碑を建てて保存しているということです。そこから少し進むと石薬師宿の石碑が建っています。庄野宿から石薬師宿まで宿間わずか25町(3km)で、東海道の中で御油~赤坂宿間1、7kmに次いで短いということです。
               国道1号沿いを歩く
 田畑の広がる地域を歩く
石薬師一里塚
           
               石薬師宿西の石碑
  

2024年10月19日土曜日

10月中旬の荒谷林道(2)

 荒谷林道ではこの時期テングタケやホウキタケなど昨日までは生えていなかったキノコが生えていたりするので見逃せません。センブリの花が咲き始めました。サネカズラの実も赤く実っています。
                                                  テングタケ
                   ホウキタケ
 
                  センブリ
                 サネカズラの赤い実

2024年10月18日金曜日

東海道53次亀山宿から日永まで歩く(6)

 庄野宿は設置が寛永元年(1624)で、東海道五十三次では最も遅く設置された宿です。これは四日市宿と亀山宿との宿間距離が5里を越えていて、人馬継立ての負担が大きかったことによるようです。本陣跡には面影はありません。庄野宿資料館は油問屋であった旧小林家の主家の一部を創建当時の姿に復元し、宿場関係資料が展示されているようですが、今回は見学せず前を通り過ぎました。庄野宿の東の端に着きました。ここに庄野宿碑と「庄野白雪」の説明板が建っていました。歌川広重の東海道五十三次の風景版画の中でも「庄野白雨」は傑作で庄野宿を有名にしたようです。
  
庄野宿本陣跡
庄野宿資料館
庄野宿碑
庄野白雨(歌川広重の東海道五十三次の版画)

  
                
 

2024年10月17日木曜日

東海道53次亀山宿から日永まで歩く(5) 庄野宿 川俣神社

 庄野宿にも川俣神社があります。この神社でもお祭りが行われていました。括り猿がロープにたくさん括りつけられています。狛犬も迎えてくれました。境内には樹齢数百年と言われるスダジイの大木がありました。
                                            庄野宿二股神社もお祭り
 
                 括り猿と狛犬
二股神社社殿
スダジイの大木
                
      

2024年10月16日水曜日

東海道53次亀山宿から日永まで歩く(4)

式内川俣神社から少し進むと中富田一里塚跡の碑が建っています。田んぼの広がっている地域を進むと前方にこんもりと木が生えている丘のようなものが見えて来ます。これは女性だけによって造られた堤防で、女人堤防と言われています。かつてこの地域は洪水が起きやすかった為、堤防を築くことを藩に願ったが許可されなかったため、女性がひそかに夜築いたため、藩の咎めを受け斬首されるところを、藩主に特別に許され褒美まで頂いたということです。庄野宿に着くと、提灯が吊るされた門が建っています。丁度秋祭りがあるようです。玄関に提灯が吊るされている町家の前を歩きます。
                 中富田一里塚跡碑
 
                女人堤防  

                 女人堤防碑
                庄野宿はお祭り中
              町家の玄関に提灯が吊られている
    

2024年10月15日火曜日

東海道53次亀山宿から日永まで歩く(3)

 井田川駅で休憩。駅前に日本武尊像がありました。ヤマトカケルは伊吹山から奈良に帰る途中に、この亀山市北東部で亡くなり能褒野に陵墓が造られたということです。東に進んで行くと、式内川俣神社があり、丁度祭りで、境内では獅子舞が奉納されていたので見学しました。この神社では狛犬が迎えてくれました。小柄ですが精悍な面構えです。
                 日本武尊像
 
式内川俣神社
獅子舞の奉納
                 
                 狛犬(阿形)
                 狛犬(吽形)

2024年10月14日月曜日

東海道53次亀山宿から日永まで歩く(2)

 和田一里塚から更に東に進むと井尻道標があります。続いて和田道標があります。この道標は元禄3年(1690)、東海道から神戸、白子、若松方面への分岐に建てられた道標で県内在銘道標で最も古いもののようです。続いて谷口法悦題目塔、更に進むと横断陸橋を渡る場所があります。その橋面に亀の甲羅に蝋燭を乗せた図が描かれています。亀山市にはカメヤマローソクの有名な会社があります。しばらく歩くと旧井田川小学校跡があり、二宮金次郎像が建っています。
                  井尻道標
 
                  和田道標
                 谷口法悦題目塔
     
             亀が甲羅に蝋燭を乗せている
             旧井田川小学校跡に立つ二宮金次郎像