2016年2月12日金曜日

尾道市向島を訪ねて(6) 向島大橋・岩子島製錬所跡

 いよいよ向島大橋を渡ります。向島大橋は昭和43年に供用開始されたわが国初の渡海農道橋だそうです。平成2年に歩道橋が併設されて、人が安心して渡れるようになっています。橋を渡っていると、岩子島の海岸に黒く見える所があります。これは岩子島製錬所跡だそうです。向島町教育委員会編の「向島の文化財(第三版)」によると、これは、明治28年(1895年)大島道太郎が自費を投じて岩子島に創設した日本初の中央製錬所跡ですが、煙害により農作物に甚大な被害が出たため、明治30年頃には閉鎖したそうです。橋を渡って近くに行ってみると、当時直接海岸に流された鉱滓が小山状に固まったまま、現在も海岸に残されていました。日本が近代化に向けて突っ走った時代の負の遺産として、後世に伝えて行きたいものです。
向島大橋(昭和43年供用開始 我が国初の渡海農道橋)

向島大橋(歩道橋が平成2年併設される)

橋から岩子島製錬所跡が見える

製錬所跡には今も鉱滓が残っている

1 件のコメント:

  1. はじめまして。
    私は向島出身で現在は関東で住んでいる者です。
    いきなり私事で恐縮ですが、先日、向島に帰省した際に父から岩子島の製錬所の話を聞きました。郷土愛好さんの記事の通り、煙害による農作物の被害は甚大だったようです。
    対岸の向島でも野菜が育たなくなり、多くの島民が被害を訴えましたが、当初は全く相手にされなかったようです。そんなとき私の高祖父が知事のもとを訪れ、懐に忍ばせた脇差をとりだして、「どうか製錬をやめていただきたい。あなたを傷つけるつもりはないが、聞き入れて貰えないのなら、私は村人に合わせる顔がありません」と迫ったそうです。
    鬼気迫る様子に知事もただごとでは無いと察してくださり、閉鎖に向けて話が進み出したそうです。

    「岩子島 製錬所」で検索したところ、この記事に出会えました。これも何かの縁だなと思ってコメントさせていただきました。

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