2014年4月24日木曜日

福岡市を訪ねて(3) 壱岐神社

 元寇防塁から海岸沿いの散歩道を西に歩いて行くと、海岸に鳥居が建っていました。その鳥居から松林の中をまっすぐな道が通っています。その道をたどっていくと壱岐神社でした。壱岐神社には「日本書記」によると留守のあいだに反乱の罪を着せられた武内宿禰(たけうちすくね)の身替りとなって無実の罪に服して死んだ壱岐直真根子(いきのあたいまねこ)が祭神として祀られています。「生の松原」の地名は、神功皇后が松の枝を逆にさして戦勝を祈ったところ、その枝が根づき、生き返ったという逆松にちなんで名付けられたと言われています。境内には水穴がハートの形をした手水鉢がありました。
海辺に建っている壱岐神社の鳥居

海岸から神社に向かって松林の中を真っすぐに通っている参道

壱岐神社(日本書紀に出てくる壱岐直真根子を祀っている。)

境内に水穴がハートの形の手水鉢があった。

2014年4月23日水曜日

福岡市を訪ねて(2) 元寇防塁

 福岡市西区にある生の松原元寇防塁に行ってみました。JR下山門駅を降りて、気持ちの良い松林の中の道を歩いていくと、犬の散歩をしている人に出会いました。散歩には最高の道です。しばらく歩いていくと「史跡元寇防塁」と書かれた石碑が建っており海岸に石塁が築かれていました。有名な竹崎季長の「蒙古襲来絵詞」に描かれている場所です。この防塁は1274年の文永の役の後元寇に備えて1276年に全長20㎞にわたって急遽半年で築かれたものの一部です。1281年の弘安の役ではこの防塁によって元軍の博多への上陸を防ぐことができました。現地に立つと、当時の兵士の緊張感が伝わってくるようでした。
生の松原の中の道を歩く。とても気持ちがいい。犬の散歩をする人に会った。

元寇防塁の石碑

元寇防塁(幅1~1、5m 高さ1、8m)

 防塁の裏面から海を見る。迫りくる元の軍船をこの地から見た兵士たちの緊張感が伝わってくるようだ。(兵士たちは元軍をこの位置で防いだ。)

現地にあった説明版の図

2014年4月22日火曜日

福岡市を訪ねて(1)ヘンリー・ムーアとドラえもん

 福岡市の散歩をしました。最初に出逢ったのは博多駅前広場にあったヘンリー・ムーアの「着衣の横たわる母と子」という彫刻です。市制100周年を記念して市民の募金によって設置されたようです。その周りをドラえもんが囲んでいます。生誕80周年記念藤子・F・不二雄展が開催中でその宣伝のようです。日が暮れると周りの木々のイルミネーションに灯が灯りきれいでした。
博多駅前広場にあるヘンリー・ムーアの「着衣の横たわる母と子」の像

彫刻の周りには何故かドラえもんが並んでいた。(藤子・F・不二雄展開催中)

日が暮れると周りの木々にイルミネーションの灯が灯されて美しい。

2014年4月21日月曜日

湯布院を訪ねて

 湯布院に行きました。あいにくの雨で由布岳は雲がかかって見えませんでしたが、雨に濡れる新緑が美しく、丁度「ゆふいん温泉祭り」が行われており。子ども神楽を見ることができました。
金鱗湖(水面から湯気が上がっている。)

雁が水足を浸けてまったりしている。

 丁度「ゆふいん温泉祭り」で子ども神楽が演じられており盛大は拍手を送られていた。広島や島根で演じられている石見神楽とはかなり違っていた。演目は何だろうか。)

踊りや仮装行列もありにぎやかだった。

2014年4月18日金曜日

太田川を遡って(3) 堀八幡神社

 戸河内インターから国道191号を加計方面に向かう道を走っていると、美しく桜が咲いている神社が見えたので立ち寄ってみました。すると由緒ある神社らしく大きく立派な社殿です。この神社は平安時代に宇佐八幡宮から勧請され、室町時代に栗栖氏が経営したと言われている古社です。また大きな自然石でできた大灯籠がありました。説明版には安政4年(1857年)に大山津波に襲われたにも関わらず被害が少なかったことを感謝して氏子の力で3年かけて建てられたようです。 高さ5、5m、笠の大きさは13、2㎡(8畳)もあり自然石では日本一の大きさだということです。
 
掘八幡神社社殿(正徳5年1715年)再建 安芸太田町重要文化財

掘八幡神社拝殿(大きな注連縄、蟇股・虹梁などの彫り物が素晴らしい)

日本一の大灯籠(安芸太田町重要文化財)

桜が美しく咲いていた。

2014年4月17日木曜日

太田川を遡って(2) 下筒賀の社倉

 安芸太田町の加計から戸河内に向けて国道186号を走っていると、右手の小高い所に白い壁で塗り込めた茅葺の建物が見えました。車を止めて近づいてみると、下筒賀の社倉という説明版が立っていました。説明版によると、「安永8年(1779年)広島藩は飢饉に備え、町村ごとに社倉法の実施を督励した。この社倉も当時設けられたもので建坪4坪ほどの小規模なものであるが、位置・構造ともに当初の状態をそのまま伝えている。」ということで広島県史跡に指定されています。  この社倉には麦が蓄えられ実際に天保8年(1837年)の飢饉に際しては、この社倉の救用穀すべてが放出され効果をあげたようです。この場所は何度も通ったことがあるのですが、今まで気が付きませんでした。
国道186号を走っていると白い茅葺の建物が見える。

近づいてみると下筒賀の社倉だった。この社倉が人々の命を救った。(広島県史跡)

菜の花に囲まれて美しい。

背後には桜の花が咲いていた。

2014年4月16日水曜日

 太田川を遡って(1) 蒲公英 

 4月14日月曜日久しぶりに良い天気になったので、太田川を遡って春の写真を撮ってきました。ソメイヨシノは安芸太田町方面でも散っていましたが、様々な春の花々が咲き誇っていました。私の好きなタンポポもあちこちに咲いていました。黄色いセイヨウタンポポが多い中で、シロバナタンポポも見つけ嬉しくなりました。今年の春から新しく学校に入学したり、新しい仕事に就いた人も多いと思いますが、タンポポのように置かれたところで深く根をおろし、自分の花を咲かしてほしいものです。
旧JR可部線安野駅近くセイヨウタンポポの群生(どんな場所にも深く根をおろし花を咲かせる。)

セイヨウタンポポは外来種で繁殖力が強い

セイヨウタンポポ総苞片が反り返っているのが特徴

筒賀の畑の脇に咲いていたシロバナタンポポ

子どもの頃普通に見ていたシロバナタンポポを最近はあまり見ない。