2018年9月19日水曜日

福山城・広島県立歴史博物館を巡る(4)周辺の彫刻

 広島県立歴史博物館を出てふくやま美術館前の広場を通って福山城に行きます。広場にはたくさんの彫刻が置かれています。「絆」は母と子の温かいつながりを感じます。「愛のアーチ」の中に立ってみると、何か不思議な力に包まれているような感じがしました。美術館脇の「創生」の彫刻の間から福山城が見えます。
絆(矢形 勇)

愛のアーチ(高橋 秀)

創生(野田正明)

彫刻の間から福山城が見える

2018年9月18日火曜日

福山城・広島県立歴史博物館を巡る(3)草戸千軒1展示室

 企画展示の「世界を驚かせた日本人の地図づくり」 展の方は写真撮影できないので、写真はありませんが行基図から伊能図までの鎌倉時代から江戸時代終わりまでの地図のコレクションを展示したもので、地図作りの目的や技術の変化などが分かりやすく展示してあり大変興味深く見ることができ、気が付いたら2時間も経っていました。しかし、折角福山まで来たので常設展も見ました。草戸千軒1展示室では草戸千軒の様子が復原されています。どこか懐かしいような雰囲気で好きな空間です。
復原された草戸千軒の町並み

壺を売る店

板葺の屋根の上には石が載せてある

今でも有りそうな風景

船で運ばれてきた商品(備前焼の甕はわら縄で甕が壊れないよう保護している)

2018年9月17日月曜日

福山城・広島県立歴史博物館を巡る(2)出合った彫刻

 JR福山駅から福山城の石垣の脇を通って広島県立歴史博物館(草戸千軒ミュージアム)に向かいます。今日は「世界を驚かせた日本人の地図づくり」展を見るのが主な目的です。いつもこの道は鈴木政夫の「花を持つ童女」や圓鍔勝三の「弟」や「姉妹」などのほのぼのとした彫刻が迎えてくれて心が和みます。
花を持つ童女(鈴木政夫)

花を持つ童女の表情がいい

弟(圓鍔勝三)

姉妹(圓鍔勝三)

広島県立歴史博物館(草戸千軒ミュージアム)

2018年9月16日日曜日

福山城・広島県立歴史博物館を巡る(1)福山城の石垣の刻印

 9月16日 福山城や県立歴史博物館を巡りました。福山駅に面した通りに福山城の石垣が築かれています。打ち込みハギです。よく見ると石垣の石の所々に刻印を施した石が見られます。これは何のためなのか諸説ありますが記録に残っていないのではっきりしません。
福山城石垣(打ち込みハギ)

石垣のあちこちに刻印が見られる

刻印①

刻印① 四角

刻印② 〇に大


刻印③ 変わった形
 

2018年9月15日土曜日

大竹市玖波の町並みを歩く(3)

 しころ屋根のある家やつしと言われる中二階がある家などを見ながら東に歩いていくとトンネルがあります。その右に山に向かって急坂が続いています。ここが馬だめしといわれる急坂でこの峠を越えて唐船浜の方に向かっていたようです。明治期にトンネル(玖波隧道)ができたので楽に通行できるようになった場所です。トンネルを抜けると国道2号をはさんで唐船浜がありました。この浜で造船が行われていたようです。国道2号を通ってまた玖波駅に帰りましたが、途中崖の上からたくさんの多肉植物が下がっていて驚きました。
「しころ屋根」のある家


「つし」のある家

馬だめしといわれた急坂(明治期にトンネルができ解消)

唐船浜

国道2号沿いの崖にたくさんの多肉植物が下がっていた

2018年9月14日金曜日

大竹市玖波の町並みを歩く(2)

 町並みを歩いていると、恵比須神社がありました。神社の後ろに釣井があり案内板がありました。この地は高札場跡だそうです。玖波宿の中心地のこの場所は藩の告示などの札が立てられていたそうです。角屋の釣井は駅伝の馬を繋ぐ場所としてにぎわい名水だったようです。手押しポンプが取り付けられていました。今でも水が出るのでしょうか。玖波本陣洪量館の復元想像図も釣井の囲いの板壁に貼られていました。街道沿いに約340坪の敷地に115坪の建物が建てられていたようですが、1866年の長州征伐(征討)の時全てが焼け落ちたのだそうです。
恵比須神社(高札場跡)

角屋の釣井

手押しポンプ

玖波本陣洪量館の復元想定図

2018年9月13日木曜日

大竹市玖波の町並みを歩く(1)

 9月12日 時々小雨が降る、この時期としては肌寒いような天気でしたが大竹市玖波の町並みを散策しました。玖波はかつて西国街道筋で安芸の国の最後の宿場として栄えましたが、慶応2年(1866年)の第2次長州戦争の芸州口の戦いの時長州軍により村のほとんどを焼き払われました。その後明治の半ばから蘇り、現在も明治・大正期の袖壁の見られる建物が見られます。

玖波の町並み

玖波の町並み

袖壁のある家

袖壁(鏝絵が見られる)