2024年8月7日水曜日

8月上旬の荒谷林道(2)

 立秋と言っても、良く晴れて暑いので朝、荒谷林道散歩に出掛けました。早速シオカラトンボが迎えてくれました。シュウカイドウの花が咲き始めました。日光が蜘蛛の巣に当たり虹色に染まってきれいです。頭上で野鳥の鳴き声がするので見上げるとアオゲラが枯れた松の木の枝に止まっていました。
                シオカラトンボ
                シュウカイドウ
虹色に染まる蜘蛛の巣
アオゲラ
                 
 

2024年8月6日火曜日

月丘夢路生誕100年記念碑について

 ヒロシマは今日79回目の原爆記念碑を迎えました。先日広島市中区の白島社近くの平和大通りの緑地帯に月丘夢路生誕100年記念碑が設置されているのに気が付きました。月丘夢路(1921年10月14日~2017年5月3日)は爆心地となった大手町に薬局の長女として生まれ、宝塚少女歌劇団を経て映画で活躍した女優です。この記念碑は碑文によると月丘夢路の数多くの文化振興及び、平和推進活動を称え生誕100年を記念して2023年12月に設置されたようです。この記念碑が設置された場所は広島平和都市記念碑と白神社に向けた2つの軸線を持っているので、記念碑から軸線方向に手を合わせて、来訪者と共に平和を祈ることを目的としているということです。核兵器の廃絶と恒久平和の願いを強く願わずにはいられません。
                 記念碑の碑文
              月丘夢路生誕100年記念碑
 

2024年8月5日月曜日

8月上旬の荒谷林道(1)

 酷暑なので、朝まだ涼しい間に荒谷林道の散歩をしました。民家のオクラの花が咲いています。荒谷林道に入ると涼しい風が吹いています。キツリフネの花は長い期間楽しめます。ヤマトシジミがカタバミの花に止まって蜜を吸っています。暑さの中でもメジロは元気に木の枝から枝へ飛び回っています。
                   オクラ
                 キツリフネ
ヤマトシジミ
メジロ
                 
 

2024年8月4日日曜日

「名刀に挑む! 刀匠久保善博の世界」展を観る

一昨日広島市中区の頼山陽史跡資料館で開催されている久保善博の世界展に行きました。久保善博刀匠は広島県庄原市西城町に「善博日本刀鍛錬道場」を開設し作刀され、新作名刀展に於いて最高位を三度受賞する等、その作品と作刀技術は高く評価されている刀匠です。 又、研究者としても知られ鎌倉時代の備前刀に多く見られる「映り」を研究し、科学的な実験を重ねることで「映り」の再現に成功したり、たたら製鉄の研究論文を積極的に発表したりなどされています。展示室では数々の素晴らしい作品とともに、刀についての解説も丁寧にされており、刀の見方などがよく分かりました。
久保善博の世界展が行われている頼山陽史跡資料館

太刀
展示室
直刀

 

2024年8月3日土曜日

あさひが丘納涼大会開催される

 8月3日、とても暑い日となりましたが、早朝から準備し、5時30分から納涼大会が行われました。ステージ広場ではバンド演奏、太鼓の演奏、納涼踊り、ヒップホップダンスの演技があり、自治会や子供会などの夜店出店もあり、日ごろは高齢者ばかり目立つ団地ですが、多くの若い人や浴衣を着た子どもたちの姿も見られ盛り上がりました。
          たくさんの人が集まり納涼大会が開催された
                 バンド演奏
                 自治会の夜店
                  太鼓の演奏
 

2024年8月2日金曜日

最近の荒谷林道

 荒谷林道を歩いていると、夏の盛りのこの時期に花を咲かせるノギランやコオニユリの花が咲いています。コオニユリにはモンキアゲハが蜜を吸いにやって来ています。ミヤマアカネも飛び回っています。苔むした渓流から涼しい風が吹いてきます。
ノギラン
モンキアゲハ

                 ミヤマアカネ
               コケが美しい渓流
 

2024年8月1日木曜日

埼玉県 川越を歩く(9)川越城

 城下町としての川越は1457年、太田道真・道灌父子が川越城を築いた時に始まります。太田道灌像が川越市役所の前に立っています。左手には弓、右手にはヤマブキの枝を持っています。太田道灌と言えば狩の途中で雨に降られ農家で蓑を借りようとしたが、応対に出た娘はただヤマブキの枝を出すばかりであった。訳が分からない太田道灌は怒って城に帰り古老にその話をしたところ、それは貧しいため蓑が一つも無いことを「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき」という古歌に例えたのだという事を知らされ、自らの不明を恥じ、その後歌道に精進したという逸話からでしょう。太田道灌は川越城築いた後江戸城も築いています。川越城は軍事と政治の要所として幾多の歴史を重ねますが江戸時代には幕府の重臣の松平信綱や柳沢吉保なども城主を務めました。明治維新後川越城は破壊されましたが本丸御殿は残されました。本丸御殿が残っているのはこの川越城と高知城だけだそうです。城のまわりには中ノ門堀や富士見櫓跡もありました。
太田道灌像
本丸御殿

                  中ノ門堀
保存された中ノ門堀(外側と内側の法面の勾配が違う)
中ノ門のしくみ
川越城富士見櫓跡