2018年1月19日金曜日

安佐南区上安の鶏頭原薬師堂の盃状穴

 安小学校の近くにある鶏頭原薬師堂の参道の石段にも盃状穴が見られます。鶏頭原薬師堂は元は銀山城城主武田氏の祈願所で鶏頭院と呼ばれていましたが、武田氏が毛利元就に滅ぼされた後、眼科医であった野村家の屋敷に移され、鶏頭原薬師堂と言われるようになりました。現在の薬師堂は元禄年間に建てたもののようです。野村家が広島城下に移ってからは地域住民が世話を受け継いできました。薬師堂なので、盃状穴は病気平癒を願ったのでしょうか。
鶏頭原薬師堂参道の石段

石段に盃状穴が掘られている

鶏頭原薬師堂

2018年1月18日木曜日

安佐南区上安の田中山神社の盃状穴

 日にちが前後しますが、1月6日安佐南区上安の田中山神社にお参りしました。参道には幟が立てられ、社殿には提灯が吊られ明かりも灯っています。初詣の方も何人か見られます。平和な一年になることをお願いし、石段を下りて、手水鉢の観察をしました。今回田中山神社にお参りした目的の一つは、この手水鉢に認められる盃状穴をみることです。安郷土史懇話会の出された冊子に書いてあったのです。なるほど手水鉢の縁に数個の盃状穴が認められます。固い石にこのような穴を掘るには、どのような強い願いが込められているのでしょうか。

新年の田中山神社

田中山神社社殿

石段下の手水鉢

縁には盃状穴が認められる

2018年1月17日水曜日

広島市西区草津を歩く(13)海蔵寺

 12月28日 26日・27日の散歩の内に海蔵寺に山中鹿介の次女盛江の墓があることを知り、行ってみました。海蔵寺は海蔵寺は南北朝時代中国の僧慈眼が建立したと伝えられている曹洞宗の寺院です。石碑によると海蔵寺は原爆で本堂は軒から上が持ち上がり、柱が傾くなどの被害を受けましたが、応急修理をして使われてきましたが、痛みがひどいため、2001年に本格的な保存工事をしたようです。本堂裏の墓地に行くと、山中鹿介の次女盛江の墓だけでなく、北条氏直の墓や東城浅野氏の墓地もありました。なぜ北条氏直の墓がこの寺にあるのでしょうか。当時草津が山陰や関東地方ともつながっていたことが分かります。
海蔵寺

海蔵寺石碑

山中鹿介の次女盛江の墓

北条氏直の墓

東城浅野家の墓

2018年1月16日火曜日

広島市西区草津を歩く(12)浜町③

 昨年末の草津散歩をもう少し続けます。住吉神社は1288年に創建されたといわれています。海上安全の神様です。埋め立てが進むにしたがってこの地に移されてきました。かつては防波堤上にあったこの神社も海から随分離れてしまいました。以前も紹介しましたが子連れ狛犬が迎えてくれました。左前足で踏みつけているのはなぜでしょうか。子狛は苦しそうです。安芸国養蠣の碑は延宝年間に草津の小林五郎左衛門がひび立てのカキ養殖法を考え、草津でカキ養殖が盛んになったことの功徳碑です。隣に魚貝藻類慰霊碑もありました。漁業に関わる人々の魚貝藻類の命を大切に思う気持ちが伝わってきました。
住吉神社

住吉神社子連れ狛犬

安芸国養蠣の碑

魚貝藻類慰霊碑

2018年1月15日月曜日

1月 真冬の縮景園

 1月15日 縮景園に行きました。冠木門をくぐってすぐのところにある蓮の花の鉢の水は凍っています。清風館の隣では寒牡丹が花を咲かせています。清風池の近くではロウバイが甘い香りを漂わせていました。
蓮の花の鉢に氷

清風館の隣に寒牡丹が咲いている

寒牡丹

ロウバイが甘い香りを漂わせている

雪の中の野鳥たち

年始早々私は元気なのですが、パソコンが故障しブログの更新ができませんでした。この間に雪が降りました。そこで荒谷林道に雪道の散歩をしました。雪の中で野鳥が盛んに活動していました。
雪の荒谷林道

コゲラ

ジョウビタキ(オス)



ヒヨドリ

2018年1月10日水曜日

広島市西区草津を歩く(11) 浜町② 旧草津港の雁木

 冬にしては天気がよく猫がのんびり日向ぼっこをしています。ハクセキレイもチョコチョコ歩いて餌を探しています。旧草津港は昭和41年からの西部開発事業の一環で埋め立てられ第8公園になっています。公園には旧草津港の雁木が一部移設して保存されています。係船柱もあり港であった名残を伝えています。
猫も日向ぼっこ

ハクセキレイ

旧草津港は第8公園になっている
旧草津港の雁木の写真(案内板より)

公園に雁木の一部が移設されている

石の係船柱が港であった名残を伝えている