2025年3月17日月曜日

東海道五十三次見付宿から金谷宿まで歩く(8)掛川城御殿

 掛川城の天守閣に続いて掛川城御殿を見学しました。御殿は二の丸に建てられた江戸時代後期の建物で、現存する城郭御殿は、京都二条城等全国に4カ所しかないそうです。書院造りで、畳を敷き詰めた多くの部屋が連なって、各部屋は襖によって仕切られています。内部には武具など、いろいろな物が展示してありましたが、掛川城の模型もあり当時の様子がイメージ出来ました。
                 掛川城御殿
御書院上の間 床の間と違い棚
                  次の間
 
                 掛川城の模型

2025年3月16日日曜日

東海道五十三次見付宿から金谷宿まで歩く(7)掛川城天守閣

 掛川城の天守閣に登りました。豊臣秀吉の天下統一により、山内一豊が入城し、城の改修に併せ、天守閣を築きました。現在の天守閣は平成6(1994)年に日本初の本格木造天守閣として復元されたものです。復元に当たっては同じく山内一豊によって築かれた高知城を参考にしたそうです。天守閣は外観3層、内部は4層からなっています。正面から見ると白壁に軒唐破風と火燈窓で優美です。内部はあまり装飾はありません。4階からは掛川の町が良く見えました。
                 掛川城天守閣
 
              石段を上ると冠木門がある
                軒唐破風と火燈窓
    
                 天守閣内部
                4階からの眺め
      

2025年3月15日土曜日

東海道五十三次見付宿から金谷宿まで歩く(6)袋井宿から掛川宿へ

 袋井宿から掛川宿に向かって歩きます。富士浅間神社赤鳥居があります。800mほど先に富士浅間神社があるそうですが、今回は立ち寄りません。松並木を過ぎ、どんどん歩くと、掛川に入り秋葉道道標があります。東海道を旅する人は、ここから秋葉道を通って秋葉総本山を参拝し御油宿で東海道に戻り伊勢参りをしたようです。平将門十九人首塚で手を合わせ更に進むと掛川城の蕗の門があります。現在は円満寺の門となっていますが掛川城の蓮池畔にあったものを明治5年に移築されたようです。清水銀行の壁には山内一豊と妻の千代のレリーフがあります。
                                               富士浅間神社赤鳥居
 
                  松並木
                秋葉神社道標
      
                平将門十九人首塚
                 掛川城蕗の門
       
               山内一豊と千代のレリーフ

2025年3月14日金曜日

東海道五十三次見付宿から金谷宿まで歩く(5)袋井宿

 木原畷古戦場から東に進むと木原一里塚跡があります。袋井宿に着きました。袋井宿は江戸から数えても京から数えても27番目で東海道の中間点になるので、小学校も「どまん中西小学校」と名づけています。袋井宿には本陣3軒、脇本陣無し、旅籠50軒ありましたが、現存せず、中本陣跡は今は鮮魚店の前に標柱が立っているだけです。火伏の為の秋葉山信仰が盛んで立派な木造屋形の新屋秋葉山常夜灯があります。
                 木原一里塚
          東海道どまん中西小学校(袋井市立袋井西小学校)
      
                袋井宿中本陣跡



                新屋の秋葉山常夜灯
 

2025年3月13日木曜日

東海道五十三次見付宿から金谷宿まで歩く(4)木原畷・許禰神社

  松並木が所々に残っている旧東海道をひたすら歩いて袋井宿に向かいます。袋井市に入って木原畷まで来ました。ここは徳川家康軍と武田信玄軍が戦った木原畷の戦いがあった所です。許禰神社に立ち寄りました。鳥居前には関ケ原の戦いに向かう徳川家康が戦勝祈願に立ち寄った時腰掛けたという腰掛石があったので座って家康の気持ちを味わってみました。境内に設置されている一匹の大きなカエルに五匹の子カエルがくっついている、六蛙(むかえる)が印象的でした。平和五十年を六蛙(迎える)という石碑が建っています。太平洋戦争の終戦50年を記念して設置されたカエルなのでしょう。


                                         旧東海道松並木
                木原畷の古戦場
          
                  許禰神社
               徳川家康公腰掛石
        
                   六蛙

2025年3月12日水曜日

東海道五十三次見付宿から金谷宿まで歩く(3)大日堂・三ヶ野七つ道

 見付宿から袋井宿に向かいます。途中二子塚古墳公園で休憩し、東に向かうと三ヶ野七つ道の案内板があります。この辺りは武田軍と家康軍が戦った場所です。家康の唯一の負け戦、元亀3年(1573)三方ヶ原の戦いの前哨戦と言われています。大日堂からは袋井方面が一望できる交通の要所です。鎌倉街道、東海道、質道、明治の道、大正の道が残されています。木立の中の旧東海道を歩きます。
                 二子塚古墳
 
                三ヶ野七つ道案内板
                 大日堂古戦場案内板
    
               大日堂からの眺め
                 
大日堂石碑
               木立の中の旧東海道を歩く
      

2025年3月11日火曜日

東海道五十三次見付宿から金谷宿まで歩く(2)見付宿

 見付学校の隣に遠江の国総社・淡海国玉神社があります。何とそこには狛犬ではなく子連れ・玉取の狛兎がいました。この神社は15柱の神様を祀っていますが、中でも中心的な神様は大国主命です。その大国主命と八上姫の縁を結んだのが因幡の白兎なので狛兎になったようです。しばらく東に向かって歩くと高い石段の上にある愛宕神社の裏の小高い所に阿多古山一里塚がありました。かつては東海道脇にあったのですが、車道を作るために東海道を掘り下げたために、一里塚が東海道より随分高い位置になったようです。早咲きの桜が咲いています。河津桜でしょうか。メジロがやって来て花の蜜を吸っています。メジロも春が来たことを喜んでいるようです。三本松・秋葉灯籠があります。そして見付宿の東端の榜示杭が建っています。これは平成25年(2013)に有志により再建されたもののようです。
                                    遠江の国総社・淡海国玉神社

                 子連れ狛兎
                 玉取狛兎
                阿多古山一里塚
 
                早咲きの桜にメジロ

 

三本松・秋葉灯籠
見付宿の東端の榜示杭(平成25年再建)