東海道沿いに鈴ヶ森刑場跡がありました。この刑場は慶安4年(1651)江戸幕府により設けられました。八百屋お七もこの刑場で処刑されたそうです。刑場跡には処刑に使用された台石や井戸、供養塔などが点在していました。近くに涙橋がありました。鈴ヶ森刑場で処刑される罪人は、裸馬に乗せられて江戸から護送されてきた。この時、親族らがひそかに見送りに来て、この橋で共に涙を流しながら別れたということから、涙橋と呼ばれるようになったということです。
鈴ヶ森刑場遺跡 案内板 処刑に使用された台石や井戸、供養塔などが点在 涙橋




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