歴史さんぽ
2019年4月7日日曜日
九州の名城を巡る(13)岡城跡②
岡城跡ではボランティアガイドさんが案内し詳しく説明してくださいました。岡城跡は石垣しか残っていませんが、瀧廉太郎はこの石垣だけになって荒れ果てていた岡城跡でイメージを得て「荒城の月」を作曲しました。その瀧廉太郎像が二の丸に置かれていました。ガイドさんによるとオリジナルの荒城の月のメロディーは教科書に載っている荒城の月より半音違うところがあるそうで、オリジナルの荒城の月をきれいな声で歌ってくださいました。本丸には天満神社が建っていました。天守台跡や西の丸御殿跡を見て、この城が難攻不落であったわけが分かったような気がしました。
岡城跡鳥観図
瀧廉太郎像
本丸の天満神社
天守台跡
西の丸御殿跡
2019年4月6日土曜日
九州の名城を巡る(12)岡城跡①
岡城は伝承では1185年大野郡の緒方三郎惟栄(これよし)が源義経を迎えるために築いたのが始まりといわれています。現在残されている石垣などの城郭は1594年に入部した中川氏によって近世城郭に整えられたものです。建物は明治になってすべて取り壊されましたが、見事な石垣が残っています。
岡城跡絵図
高く積み上げられた石垣
大手門
高い石垣
2019年4月5日金曜日
九州の名城を巡る(11)岡城へ
一心行の大桜を後にして、バスは阿蘇のカルデラの中を走ります。大好きな茅葺の屋根の家や阿蘇五岳に囲まれた広大な牧草地や耕地が広がる風景を車窓から眺めながめていると大分県竹田市の岡城跡に着きました。あの滝廉太郎の「荒城の月」で有名な城跡です。
茅葺屋根のレストラン
茅葺屋根の家がある風景
根子岳が見える風景
岡城へ
2019年4月4日木曜日
九州の名城を巡る(10)一心行の大桜
25日朝、熊本市のホテルを出て一番に向かったのは南阿蘇村にある一心行の大桜。途中広大な耕地が広がっています。一心行の大桜は残念ながらまだ咲いていませんでした。菜の花はきれいに咲いています。絵葉書を見て咲いた所をイメージしました。この桜は天正8(1580)年に島津氏との矢崎城の戦いで敗れ死んだ峯(中村)惟冬の菩提樹と言われています。この地に逃れた妻と嫡男が惟冬と一族の御霊を弔うため一心に行を修めたので「一心行」の名前が付いたとされているそうです。桜の木の根元に宝篋印塔の笠の部分が置いてありました。惟冬の無念さが伝わってくるようでした。
南阿蘇村
一心行の大桜(樹齢400年以上。幹周り7,35m、高さ14m)
満開だとこんな感じ(絵葉書より)
菜の花がきれい
桜の木の根元に宝篋印塔の笠が
2019年4月3日水曜日
九州の名城を巡る(9)熊本城
3月24日夜、ライトアップされた熊本城の天守閣を見て、25日朝熊本城に行ってみました。加藤清正像が迎えてくれました。坪井川を挟んで馬具櫓の石垣が崩れています。城内へは立ち入り禁止です。須戸口門側に行ってみました。ここも立ち入り禁止です。熊本大神宮の脇の崩落した石垣もシートが懸けられています。天守閣の両脇にクレーンが伸びています。ニュースで地震の様子は見ていましたが、実際に崩れた石垣を見ると、甚大な被害だったことが実感できました。修復が完成したら再び訪れたいと思います。
ライトアップされた熊本城天守閣
加藤清正像
壊れた馬具櫓の石垣
石垣側面
シートが懸けられた崩れた東十八間櫓の崩落した石垣
修復中の熊本城
2019年4月2日火曜日
九州の名城を巡る(8)出水神社
水前寺公園の中に歴代藩主を祀る出水神社があります。神社の参道も拝殿の石段の上にも「こいあかり」の竹の灯籠が並べられています。狛犬は?と思って探していると、いました、石灯籠の笠の上で阿形は「おいでおいで」しています。吽形は逆立ちをしています。珍しいポーズの狛犬に出合いました。
出水神社参道も「こいあかり」
拝殿前の石段も「こいあかり」
灯籠の笠の上で狛犬が「おいでおいで」
吽形は逆立ち
2019年4月1日月曜日
九州の名城を巡る(7)水前寺公園の夜桜ライトアップ
水前寺公園(水前寺成趣園)の夜桜ライトアップに行きました。 園内では「水前寺こいあかり」というイベントが行われており、竹に模様をくりぬいた灯籠に明かりが灯されきれいでした。水前寺公園は東海道五十三次を模した庭園で、赤く染まった富士山が印象的でした。湧水池に桜の花が映る景色は幻想的でした。
水前寺こいあかり
水前寺こいあかり
桜の向こうに赤富士が浮かび上がる
東海道五十三次の景勝を模した庭園
湧水池に桜の花が映る
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