2014年1月15日水曜日

福山市神辺を訪ねて(3) 神辺城跡

 本陣跡、廉塾跡を訪ねた後、神辺城跡に行きました。神辺城は黄葉山の頂上にあります。1443年山名氏によって築かれたといわれています。その後大内氏や毛利氏、福島氏の城になるなど、幾多の変遷を経て、1619年福島正則の改易により水野勝成が福山藩に入封し、福山に新たな城を築いたことで神辺城は廃城となったのだそうです。ちょうど散歩中の人と話しながら吉野山公園を通って登りました。吉野山公園は桜の名所でたくさんの桜の木がありましたが、どの木も弱ってきているのが気がかりでした。城跡には堀切跡や様々な櫓跡、本丸跡などがあり、かなり規模の大きな城だったことが分かります。城跡からは街や街道などよく見渡すことができ、この地に城を作った理由がよく分かりました。本丸跡には福山市の天然記念物となっている大アベマキが立っていました。
神辺駅の北側にそびえる黄葉山(この山の頂上に神辺城があった。)

三番櫓跡(神辺の町が良く見える。)

本丸に至るまで郭が段々に連なっている。)

本丸跡に福山市の天然記念物の大アベマキがあり、シンボルとなっている。)

城跡より神辺平野を臨む。

2014年1月14日火曜日

福山市神辺町を訪ねて(2)廉塾

 本陣に続いて、西国街道筋を東に歩いて行くと、菅茶山(1748~1827年江戸時代後期の儒学者、詩人、教育者)が開いた廉塾跡前に来ました。ここでもボランティアの方が出迎えてくださり親切に分かりやすく説明してくださいました。感謝・感謝です。門をくぐると、菜園があります。当時もこの菜園で塾生や菅先生は畑仕事をし、自給自足のような暮らしをしていたようです。今でいう体験学習でしょうか。左手に養魚池があります。茶山の所には全国からたくさんの人が訪ねてきていたようで、茶山はその客をもてなすため、養魚池に鯉などを飼っておき、ふるまったようです。元祖「おもてなし」ですね。用水路の前に土壁の建物があります。塾生の寮舎だったようです。水路をまたぐ石橋を渡ると茶山の居宅や講堂があります。頼山陽もこの塾で学び、塾頭もしていたということです。右手に行くと、板と煤竹をうまく組み合わせた濡れ縁があり、その前に方円の手水鉢があります。「水は方円の器に随い、人は善悪の友に依る」という言葉を表現したものだそうです。塾生たちは手を洗う度にこの言葉を思い浮かべたことでしょう。
廉塾(菅茶山は邸内の菜園に野菜を植え塾生と共に栽培していたという。)

養魚池(この池に鯉などを飼っておいて、来客を「おもてなし」したという。)

塾生の寮舎

塾生が学んだ講堂(6畳2室8畳1室からなる3室をふすまを外して使用していた。)

方円の手水鉢(塾生は手を洗う度に「水は方円の器に随い、人は善悪の友に依る」という言葉を思い起こす。)

2014年1月13日月曜日

福山市神辺町を訪ねて(1) 本陣跡

 福山市神辺町を訪ねました。神辺は江戸時代西国街道の宿場町として栄えたところです。西本陣跡に行きました。予約していなかったのですが、地域のボランティアの方が私一人のために無料で説明してくださり恐縮しました。西本陣は管波家で当時酒造業を営んでおり、大きな家でした。この本陣は福岡黒田藩の専用本陣だったようで、軒瓦には黒田家の家紋の藤巴紋を見ることができました。本陣には大きな宿札(関札)も保存されており、部屋に掲げてありました。
神辺西本陣跡

本陣玄関


殿様が泊まられた部屋

黒田藩の家紋が軒瓦に使われている。
黒田家の殿様や室が宿泊したときの宿札(関札)

2014年1月12日日曜日

あさひが丘団地のとんど祭り

 1月12日あさひが丘団地ではとんど祭りが行なわれました。朝から有志が集まって、準備が進められていました。クレーン付きトラックも使われ、かなり大規模なとんどです。午後3時多くの人が集まり、今年の年男、年女により点火されると火は勢いよく燃え上がりました。「ドーン、パカーン」という竹がはじける大きな音を楽しみながら炎が小さくなるのを待ちます。係の人の合図で一斉に竹に餅を取り付けた人が、とんどに近寄り顔を真っ赤にしながら餅を焼きます。とんどの火にあたったり、とんどで焼いた餅を食べると一年無病息災で過ごせるといわれています。昨年、このとんどのことをブログに載せて早いもので一年たちました。お陰で様で一年無事過ごすことができました。
1月12日朝11時、あさひが丘近隣公園ではとんどの準備が行われている。(クレーン付きトラックも使って大がかりだ。)

 すっかり準備が整い、午後3時の年男、年女による点火を待つばかり。(字が上達することを願って子どもたちが書初めで書いた習字が取り付けられている。炎で高く舞いあがるほど良いとされている。)
 
午後3時点火(ドーン、パカーンというお腹に響くような大きな音をたてながら竹が勢いよく燃える。)
 

餅をはさんだ竹を持って炎が小さくなるのを待つ。

 3時50分炎が小さくなったので餅を焼き始める。とんどの火にあたったり、とんどで焼いた餅を食べたりすると、一年無病息災で過ごせるという。)

2014年1月11日土曜日

白神社の注連縄

 1月6日は仕事始めの職場が多かったためか、朝は白神社にはたくさんの人が参拝されていました。夕方には少し減っていたので私も参拝しました。よく見るとこの神社の注連縄には定番の橙、ウラジロ、紙垂の他に大根やニンジンも飾られています。
新年の白神社

注連縄(大根やニンジンも飾り付けられている)

2014年1月10日金曜日

江田島市砲台山登山(4) 夕日・イルミネーション

 砲台跡の写真を撮っている内に、思いのほか時間がたち、夕方になってしまいました。急いで下山しましたが、途中で日が暮れました。しかし、瀬戸内海に沈む美しい夕日や三高港前のロータリーのきれいなイルミネーションを見ることができました。
瀬戸内海に沈む夕日

三高港のイルミネーション

船のプロペラに飾り付けられている。

2014年1月9日木曜日

江田島市砲台山登山(3)立寒椿

 砲台跡は恒久平和を願い創造の森 森林公園となっており、立寒椿がたくさん植えられています。灰色の廃墟の周りの赤が印象的でした。
立寒椿の花の赤が印象的

砲台跡の立寒椿

砲台への通路の上に椿の花一輪