2025年12月31日水曜日

大晦日の荒谷林道

 今年は全国でクマの被害が多く出て今年の漢字一字も「熊」になりましたが、私はクマに出合うこともなく、一年を通して荒谷林道を散歩することが出来ました。大晦日の今日、今年最後の荒谷林道散歩をしました。ヤマコウバシの木が目につきました。冬になって、葉が枯れても春になって新芽が出るまで落ちないため、受験生に人気の木です。大晦日も正月も無く、受験勉強に励んでいる受験生も多いと思います。良い結果になることを願っています。お陰様で、私にとって今年は多くの願いが叶った良い年でした。来る年が私にとっても、皆様にとっても運気が落ちない年になることを願っています。
熊に注意の看板
ヤマコウバシ
                 
 

2025年12月30日火曜日

12月下旬の荒谷林道(3)

 荒谷林道を散歩すると、ナンテンの赤い実、ときりまめの赤いさやが目につきます。久しぶりにソウシチョウに会いました。
               ナンテンの赤い実 
                  ときりまめ
                ソウシチョウ

2025年12月29日月曜日

12月下旬の荒谷林道(2)

 今年はユズが豊作らしく、民家の庭に植えてある湯部もたくさん実をつけています。カキもたくさん実り、たくさんいただきました。荒谷林道ではまだ枝にカキの実が残っています。クマがカキの実をとるために、民家の近くに寄ってくるので、早く実を採るように言われていますが、木の持ち主が遠方におられたり、高齢だったりして、放置されている木もたくさんあります。荒谷林道ではカマツカの赤い実が目につきました。
ゆず
カキ
カマツカの実
                    
 

2025年12月28日日曜日

広島市中心部のデザインマンホール

 広島市中心部にはいろいろなデザインマンホールが設置されています。旧西国街道、企業の広告、被爆80周年下水道の大切さ、平和の大切さを訴えるデザインマンホールにあいました。
  旧西国街道に設置されているデザインマンホール
 
企業の広告のデザインマンホール
                                          
            被爆80周年のデザインマンホール

2025年12月27日土曜日

団地入居開始50周年思い出写真展の準備

 あさひが丘団地は入居開始50周年を迎えました。先日記念式典・行事を行ったところですが、その日に開催した写真展に来られなかった人のために、1月4日から公民館で写真展をすることになり、今日準備をしました。
                  写真展1
                  写真展2
 

2025年12月26日金曜日

12月26日の朝

朝起きてみると、雪が降っていました。庭の万両やサザンカも雪を冠って寒そうです。
                  万両
                サザンカの花も寒そう
 

2025年12月25日木曜日

12月下旬の荒谷林道(1)

 12月25日の荒谷林道は、とても静かでした。サルトリイバラ、マユミ、アオキの赤い実が、明るい色がないこの時期貴重です。
                サルトリイバラの赤い実
                 マユミの赤い実
                 マユミの実は深紅               
                 ヤブコウジ

12月22日の縮景園(2)

濯纓池ではホシハジロが気持ち良さそうに泳いでいました。
                                                                     ホシハジロ
 

2025年12月23日火曜日

12月22日の縮景園(1)

 12月22日の縮景園はよく晴れて、12月とは思えないような暖かさでした。山茶花の花が咲いていました。モミジの葉はほとんど落ちていましたが、落ち葉も風情があります。竹林に赤い実が見えました。見慣れない実なので調べてみるとどうもクコのようです。
                   山茶花
              モミジの葉がほとんど落ちている
                落ち葉も美しい 
                 クコの赤い実

東海道五十三次藤沢宿から川崎宿まで歩く(9)

  12月14日は神奈川宿を歩きました。幕末の開港以来、寺がアメリカ領事館やフランス公使館などになったようです。生麦事件が発生した場所も街道沿いにありました、この時殺害されたリチャードソンの遺体が当時のアメリカ領事館であった本覚寺に運び込まれ、ヘボン式ローマ字を伝えたヘボンが傷口を縫合したのだそうです。途中映画のロケで使われる国道駅のアーチの中を歩いていくと出口のところに米軍が落とした焼夷弾の痕が残っていました。川崎宿に入り今回のゴールは川崎市役所でした。せっかく川崎市に来たので街道からは外れますが川崎大師に参拝して今回の東海道五十三次ウォークは終わりました。次回で日本橋まで歩き東海道五十三次のゴールです。

                                                        生麦事件発生場所案内板
                   国道駅
                
米軍の焼夷弾の痕
川崎大師に参拝
                

2025年12月21日日曜日

東海道五十三次藤沢宿から川崎宿まで歩く(8)松原商店街

 旧東海道は洪福寺松原商店街の中を通ります。衣料品店、八百屋、果物屋、総菜屋さんなどが軒を連ね、多くの買い物客でにぎわっていました。私たちは先を急ぐので、値段の安い商品を横目で見ながら通り過ぎました。
              旧東海道は松原商店街を通る
 
                   果物屋さん
             たくさんの買い物客でにぎわう
                  衣料品店

2025年12月20日土曜日

東海道五十三次藤沢宿から川崎宿まで歩く(7)

  保土ヶ谷宿に入りましたが、本陣跡は通用門だけが残っています。脇本陣跡は元の建物はありません。保土ヶ谷は蕎麦が名物であったようで、1886年創業の老舗の蕎麦屋で昼食を食べました。この建物は江戸時代の船宿を再現して建てられたようです。内部には豊国の二八蕎麦屋が描かれた絵や広重の東海道五十三次の浮世絵が展示されていました。

                                                                         本陣跡案内板
                  老舗蕎麦屋
            二八そばを売る屋台の絵が掲げてある
        
             保土ヶ谷名物の蕎麦をいただく

東海道五十三次藤沢宿から川崎宿まで歩く(6)

 品濃坂を上り切ったところに品濃一里塚が現存していました。江戸日本橋から9里目です。焼餅坂を上ると武相国境之木が立っていました。ここが武蔵と相模の国境です。しばらく歩くと上方見付跡がありました。ここから保土ヶ谷宿に入ります。昔の風情が残る旅籠屋がありました。

                                                                 品濃の一里塚
                品濃野一里塚案内板  
                  武相国境之木
          
              
保土ヶ谷一里塚跡上方見付跡
               保土ヶ谷の旅籠跡

2025年12月18日木曜日

東海道五十三次 藤沢宿から川崎宿まで歩く(5)

  東海道五十三次ウォーク2日目。吉田大橋を渡ると広重の戸塚宿の絵が展示されていました。当時の雰囲気は全く残っていません。しばらく歩くと江戸見付跡の石碑が立っていました。ここで戸塚宿は終わり保土ヶ谷宿に向かいます。赤レンガの建物が建っています。これは明治20年(1887)に日本で最初に作られた鎌倉ハム工場の建物のようです。街道を外れしばらく歩くと護良親王の首洗い井戸がありました。鎌倉幕府を倒し室町幕府設立に深くかかわったものの足利尊氏と対立し斬首された護良親王の首を側女がこの地に逃れ、当地の斎藤氏に救いを求め、この井戸で親王の首を洗ったという言い伝えがあるそうです。

                                                            吉田大橋東詰にある広重の戸塚宿の絵
               江戸方見付
跡碑
              
鎌倉ハムのレンガ造りの建物
               護良親王の首洗い井戸
    

2025年12月17日水曜日

東海道五十三次 藤沢宿から川崎宿まで歩く(4)

  東海道五十三次は横浜市を歩いているので、夕食は横浜中華街で飲茶を食べました。竜や唐獅子が迎えてくれました。老酒で乾杯して一日目のウォークの疲れを取りました。

                 横浜中華街入口
                 竜が街を照らす
               唐獅子が迎えてくれる     
                 飲茶を楽しむ
                 老酒で乾杯