2014年2月7日金曜日

臨時帝国議会議事堂跡碑

   広島県庁の東側、中国電力基町ビルの敷地でコンビニの駐車場となっている場所に臨時帝国議会議事堂跡碑が建っています。1894年8月1日に日清戦争がはじまり、広島城内に大本営がおかれたため、9月15日から明治天皇が広島に滞在して戦争の指揮をとられました。 
 そこで10月18日に召集された第7回臨時帝国議会はこの地に急きょ建てられた木造平屋建ての仮議事堂で開かれました。この議会で日清戦争に関連する1億5000万円余の軍事予算案や戦争関連法案が4日間審議され、全会一致で可決され挙国一致体制となったということです。この時期広島は事実上の首都となったという記念すべき場所です。



臨時帝国議会議事堂跡の説明板
現在はコンビニの駐車場になっている。

2014年2月6日木曜日

広島駅南口B・Cブロック再開発工事NOW(2)

 1月31日広島駅南口再開発工事の様子を見てみました。Bブロックは着々とビルの鉄骨が積みあがっているようです。Cブロックは建物の取り壊しが進み更地が見えてきました。愛友市場の看板も撤去されていました。
広島駅南口Bブロック再開発工事(1月31日)

 
広島駅南口Cブロック再開発工事(1月31日)

広島駅南口Cブロック再開発工事(更地が増えてきた)

2014年2月5日水曜日

サンフレッチェ広島J1優勝シャーレ等展示

 広島市役所一階市民ロビーにJ1連覇を果たしたサンフレッチェ広島が獲得したJ1優勝シャーレ、日本サッカー協会会長杯、フェアプレー賞高円宮杯のトロフィーが展示されています。昨年もブログに載せましたが、今年も再び見ることができて良かったです。吉田の清神社に優勝祈願したのがきいたのでしょうか。特にフェアプレー賞を一緒に受賞していることが素晴らしいですね。「三本の矢」の本家毛利元就は生き抜くためとはいえ、いつもフェアーな戦い方をしていたとは言えなくて、つらい思いをしていたようですが・・・。来年度も是非展示を見たいものです。
サンフレッチェ広島J1優勝シャーレなどの展示

J1優勝シャーレ

日本サッカー協会会長杯とフェアプレー賞高円宮杯トロフィー

2014年2月4日火曜日

黄金山の麓を巡る(6) 被爆建物 西福寺

 西福寺は爆心地から約4000mの地点にある寺です。被爆により建具や天井は吹き飛ばされ内陣の仏壇仏具は多く破損したそうです。その後1995年に屋根の葺き替え、2005年に廊下の張り替えをしましたが、被爆建物として被爆の実態を伝え、平和の大切さを訴えています。
西福寺門

西福寺本堂(被爆により天井や建具内陣の仏壇や仏具が被害を受けたが倒壊は免れた。)

老朽化により本堂屋根は葺き替えられた。旧屋根の鬼瓦はモニュメントとして保存されている。

2014年2月3日月曜日

黄金山の麓を巡る(5) 被爆建物 竃神社

 竃神社は爆心地から4520mの地にある享保7年(1722年)創建の神社です。高い石段を登っていくと大きなモッコクの木が石段を覆うように立っていました。広島市保存樹だそうです。石段を登り切ったところにある社殿は1945年8月6日の原爆にも耐え、今日も人々の幸福、家内安全と家門繁栄を見守っています。
竃神社の高い石段(石段の途中に大きなモッコクの木があり広島市保存樹となっている。)

竃神社の拝殿(被爆建物爆心地から4520m)

竃神社本殿(享保7年1722年創建)

2014年2月2日日曜日

黄金山の麓を巡る(4) 被爆建物 観音寺

 観音寺は黄金山山頂北側にあります。16世紀末、毛利氏時代に仁保城主となった三浦元忠(兵庫頭)の菩提寺として建立されました。爆心地から4250mの地点にあり、本堂と鐘楼が被爆建物として残されています。観音寺に向かう道の途中には案内地蔵があり、左に行く道を指さしておられましたが、私はガイドマップに書いてある通り直進しました。お地蔵さん逆らってすみません。

 
案内地蔵(私はお地蔵様が指さしている方向とは違う方向に進みました。)
観音寺本堂(被爆建物)

2014年2月1日土曜日

黄金山の麓を巡る(3)被爆建物 十軒屋稲生神社

 十軒屋稲生神社は爆心地から3340m、本殿と渡殿が被爆建物に指定されています。
十軒家稲生神社本殿渡殿