歴史さんぽ
2025年4月25日金曜日
東海道五十三次金谷宿から岡部宿・宇津ノ谷まで歩く(11)宇津ノ谷峠へ
岡部宿を出て東海道の難所の一つ宇津ノ谷峠に向かいます。相変わらず雨が降り続いています。川沿いの桜の花が散り始め、花びらの滝を作っています。道の駅宇津ノ谷峠で休憩。トイレや買い物をしたりして体を休めます。微笑ましい道中安全地蔵に送られ、いよいよ峠道に入ります。
雨の中宇津ノ谷峠へ向かう
サクラの花びらの滝
道の駅宇津ノ谷峠で休憩
道中安全地蔵
2025年4月24日木曜日
東海道五十三次金谷宿から岡部宿・宇津ノ谷まで歩く(10)岡部宿② 大旅籠 柏屋
大旅籠 柏屋に入館しました。一足早く旅籠に入った弥次さん喜多さんが足を洗いながら迎えてくれました。柏屋は岡部宿を代表する旅籠でした。主屋は歴史資料館になっており、当時の旅籠の様子や人々の暮らしぶりが分か長火鉢や煙草盆、旅人の旅装等が展示してありました。
大旅籠柏屋
弥次さん喜多さんが旅籠に入って足を洗う様子
長火鉢・煙草盆など
旅人の旅装
2025年4月23日水曜日
東海道五十三次金谷宿から岡部宿・宇津ノ谷まで歩く(9)岡部宿①
東海道歩き3日目は雨となりました。岡部宿を昔の旅人も雨の中を蓑やカッパを着たりして歩いたのだろうと想像しながら歩きました。岡部宿は21番目の小さな宿場のため、大名行列の時は、隣の藤枝宿から寝具や道具を借りることもあったようです。古い町屋が残っていて、かつての岡部宿の名残があります。小野小町も晩年に東国に下る時岡部宿に泊まったようで、この橋を渡る時水に映る、疲れ果て、かつての面影を失ってしまった我が身を嘆いたという小野小町姿見の橋を渡り、問屋場跡や本陣跡、酒蔵などを見たり、説明を聞いたりしながら歩きました。
雨の中、岡部宿を歩く
古い町屋
小野小町姿見の橋
酒蔵
2025年4月22日火曜日
東海道五十三次金谷宿から岡部宿・宇津ノ谷まで歩く(8)蓬萊橋を渡る
東海道とは少し離れていますが、島田市にバスで戻って特別に蓬萊橋を渡りました。蓬萊橋は開拓した牧之原の茶畑へ行く橋として明治12年(1879)に作られた全長897,4mの世界一長い木造の歩道橋でギネスブックに登録されています。長い木の橋なので「長生きの橋」、897,4mなので「厄無し」で渡ると縁起が良いということなので渡りました。相当長く感じました。ダイサギなど水鳥が採餌していました。
蓬莱橋(長い木の橋)
世界一長い木の歩道橋(897,4m)
大井川を渡る
ダイサギ
2025年4月21日月曜日
4月下旬の荒谷林道(1)
暖かな気持ちの良い日になりました。荒谷林道を散歩すると、ウワミズザクラ、ヤマフジ、ムラサキケマン、シャガ等の花が一斉に咲き始めていました。
ウワミズザクラ
ヤマフジ
ムラサキケマン
シャガ
2025年4月20日日曜日
東海道五十三次金谷宿から岡部宿・宇津ノ谷まで歩く(7)藤枝宿
藤枝宿に着きました。藤枝宿は22番目の宿であるとともに田中城の城下町として栄えました。大慶寺の久遠の松や、藤枝成田山新護寺の狛犬を見たりしました。特にボケ除の像はしっかり拝みました。
大慶寺
久遠の松
藤枝成田山 新護寺
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
ボケ除の像
2025年4月19日土曜日
東海道五十三次金谷宿から岡部宿・宇津ノ谷まで歩く(6)島田宿から藤枝宿へ①
東海道歩き2日目。島田宿から藤枝宿に向かいます。平坦な道が続きます。途中上青島の松並木が残っています。ここに上青島の一里塚があったようです。
田中藩領牓示石蹟があります。田中藩は領地が入り組んでいたため、田中藩を示す
牓示石を各所に立てていたということです。千貫堤脇の街道を歩きます。千貫堤は田中藩が大井川の氾濫から村を守るため江戸時代の初期に築いた堤防で、費用が千貫が掛かったので千貫堤と言われるようになったというこうです。瀬戸染飯伝承館に入り地域のガイドさんの染飯についての説明を聞きました。クチナシの実で染めたおこわである染飯は戦国時代から売られてきたもので、足腰の疲れを取る薬効もあるため、東海道の名物だったそうです。
上青島の松並木
田中藩領牓示石蹟
千貫堤脇の道を歩く
染飯伝承館
染飯
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