2015年6月19日金曜日

萩往還を歩く 天花坂口~国境の碑(4)

 キンチヂミの清水あたりは少し勾配が緩やかになります。砂利を敷き詰めてきれいに整備された往還を歩きます。そして県道に出ました。ここが板堂峠です。県道を渡り少し石段を上ると国境の碑に着きました。北長門国 阿武郡 南周防国吉敷郡と書かれています。 文化5年(1808年)に建立されたようです。今回の萩往還歩きはここまでです。
萩往還一の坂ブロック鳥瞰図(萩往還案内板より)

砂利を敷き詰めきれいに整備された萩往還

板堂峠

国境の碑 周防国と長門国の国境《文化5年(1808年)11月建立》

2015年6月18日木曜日

萩往還を歩く 天花坂口~国境の碑(3)

 六軒茶屋跡で一休みして、また石畳の坂道を上ります。しばらく進むと一里塚跡に着きました。ここが丁度萩から6里三田尻から6里の中間点になります。石が積んでありますが、これは復原したものだそうです。旅人が一貫文を入れた財布をこの石の上に忘れたが帰りに寄ってみたらそのままあったということからこの名が付いたという一貫石前を通り、キンチヂミの清水に着きました。とても冷たい水で飲むと男のあそこが縮み上がるほどだということから、この名がついたようです。大正初年ごろ(1910年ごろ)までこの水を利用して砂糖味と醤油味のところてんが売られていたようです。この急坂を汗を流しながら上ってきた旅人にとってたまらない味だったことでしょう。
石畳道は続く

一里塚跡復原(丁度この地が萩~三田尻の中間点)
萩往還断面図(説明板より)

 一貫石(往還道の上の大石の上で休んだお伊勢参りの旅人が、一貫文が入った財布を置き忘れ、帰りに寄ったところ、そのままそこにあったことから、この名が付いたという)

 キンチヂミの清水(この湧水はとても冷たく、飲むと男のあそこが縮み上がるほどだということから名付けられたという。)

2015年6月17日水曜日

萩往還を歩く 天花坂口~国境の碑(2)

 一の坂四十二曲りと言われるだけあって、急なジグザグ道が続きます。この道を藩主の駕籠を担いで上るのですから、大変だったことでしょう。丁度坂の中間点に藩主の休憩場所である御建場跡(六軒茶屋跡)があり、残されていた図をもとに建物が復原されていました。私たちもここで休憩です。
ジグザグ道(四十二曲りと言われるだけあって、急なジグザグ道が続く)

六軒茶屋跡(左側の石段は藩主が通る専用の道だそうだ)

一の坂御建場復原想定図(説明板より)

御建場が復原してある

御駕籠建場(藩主の駕籠を置く場所)

2015年6月16日火曜日

萩往還を歩く 天花坂口~国境の碑(1)

 6月14日、萩往還を天花坂口から国境の碑の区間を歩きました。当初は国境の碑から天花坂口まで歩く予定でしたが、雨の予報が出ており、石畳が滑って危険なので逆に歩くことになったようです。幸い薄曇りでさわやかな風が吹く上々の天気になりました。一の坂四十二の曲りと呼ばれる急な石畳道をひたすら上ります。この石畳は確かに雨で濡れていたら滑って大変でしょう。途中現在NHK大河ドラマ「花燃ゆ」でロケが行われた場所も通りました。今度「花燃ゆ」を観るとき見落とさないようにしよう。
萩往還案内図(天花地区)

いよいよ出発

往還脇にある地蔵

一の坂四十二の曲がりの石畳

往還脇の棚田(この辺りでNHK大河ドラマ「花燃ゆ」でロケが行われた)

2015年6月15日月曜日

広島駅新幹線口ペデストリアンデッキ工事

 広島駅新幹線口に行ってみると、まさにペデストリアンデッキ工事の真っ最中という感じで、あちこちフェンスが張られています。観光バス乗り場の様子も変わっています。くい打ち作業が行われているのでしょうか。駅ビルの屋上の方にもクレーンが見えます。
広島駅新幹線口ペデストリアンデッキ工事①

広島駅新幹線口ペデストリアンデッキ工事②

広島駅新幹線口ペデストリアンデッキ工事③

広島駅新幹線口ペデストリアンデッキ工事④
広島駅新幹線口ペデストリアンデッキ工事⑤

2015年6月14日日曜日

広島駅南口B・Cブロック再開発工事NOW(18)

 6月14日朝広島駅に集合し、萩往還を歩きに行きました。集合時間より早く着いたので日々変わりつつある駅の周りの写真を撮りました。Bブロックのビルは一部ガラスも入って独特の形も見えてきました。Cブロックのビルも高さが目立ってきました。
広島駅南口Bブロック再開発工事(6月14日朝)

広島駅南口Bブロック再開発工事(ビルの形が見えて来た)

広島駅南口Bブロック再開発工事(広島駅側から)

広島駅南口Cブロック再開発工事

2015年6月13日土曜日

忽那諸島巡り(12) 野忽那島(3)

 野忽那島にも宇佐八幡神社がありました。木立の奥に狛犬もいるようです。近づいてみると、オッ居ました。子連れ狛犬です。安政5年(1858年)に奉納されたもので、やんちゃな子狛を仰向けにして前足で踏んづけています。少し風化が進んでいて阿形は歯が抜け落ちています。入れ歯が欲しいところです。おじいちゃんおばあちゃんの狛犬が孫狛の子守をしているところでしょうか。港に行くと漁師さんが漁網の手入れをしておられました。声を掛けると魚が採れませんと嘆いておられました。海は少し前に比べるときれいになっているように思いますが、かつてのように、魚がたくさんいる豊かな瀬戸内に戻ってほしいものです。今回の忽那諸島巡りは新しい出逢い発見がたくさんありました。
宇佐八幡神社が木立の奥に見える

子連れ狛犬(吽形)安政5年奉納

阿形(歯がなくなっている 入れ歯が欲しい?)

宇佐八幡神社社殿

漁船で網の手入れ中

忽那諸島巡り一日クルーズも終わり