宮島の大鳥居が現在のような形と大きさになったのは、毛利元就父子による永禄4年(1561年)の大鳥居再建のものであろうということです。この鳥居は以後155年も建ち続けていました。この鳥居の規模と建造の方法が原型となって以後の再建でも引き継がれてきたようです。この大鳥居は海の上でも倒れないよう、主柱のほかに袖柱を4本付けたり、地中にたくさん杭を打ち、その上に主柱を載せたり、島木を箱にし、その中にこぶし大の石をつめて重くしたり、柱と屋根の交差するところには、特殊なくさびが施されひずみを吸収できるようなっていたりするなど工夫されているようです。大きな機材もない時代にこれだけの工事ができたということに改めて驚かされました。
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観光客に人気の大鳥居(干潮になると大鳥居の近くまで行くことができる) |
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明治時代の管弦祭の図(鳥居を管弦船がくぐることで、大鳥居が注目されるようになる) |
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現在の管弦祭も管弦船が鳥居をくぐって神社に帰って来る)2013、7、24撮影 |
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