2017年4月14日金曜日

福山市鞆の浦を訪ねて(9)大可島城跡(円福寺)

 石段を上って円福寺に着きました。ここはかつて大可島城があった所です。案内板によると康永元年(1342年)南朝方と北朝方の合戦があり、大可島城に籠る南朝方が全滅したという城で、その後、村上水軍の拠点となっていたようです。1600年福島正則が鞆城を築いた時、陸続きとなり真言宗円福寺が建てられたということです。境内に天保4年(1833年)に奉納された面白い形の手水鉢がありました。円福寺境内の一段下がったところに1342年の合戦の時南朝方として戦い、全滅した伝 桑原一族の墓がありました。
円福寺前

円福寺の建っている地は大可島城跡

面白い形の手水鉢(天保4年奉納)

伝 桑原一族の墓

0 件のコメント:

コメントを投稿