2026年2月14日土曜日

東海道五十三次 川崎宿から日本橋まで歩く(12)銀座

  いよいよ銀座に着きました。銀座は日曜日は歩行者天国になっているので、道の真ん中が歩けます。銀座は慶長7年(1612)に、駿河の銀貨鋳造役所の銀座を二丁目左側に移したことから、明治2年(1869)以降、ここが銀座と呼ばれるようになったということです。京橋の親柱がが立っています。京橋は江戸時代から日本橋とともに有名な橋で、京橋川が流れていました。昭和34年(1959)に川は埋め立てられたが、親柱はの残されています。江戸歌舞伎発祥の地碑もあります。ここは寛永元年(1624)に猿若座の猿若勘三郎が中橋南地(京橋)で櫓を上げたのがはじまりだそうです。ヤン・ヨーステン記念碑があります。慶長5年(1600)一層のオランダ船が豊後国臼杵に漂着したが、その船に乗っていたヤン・ヨーステンとウイリアム・アダムスは幕府の外交顧問として重用されました。ヤン・ヨーステンが屋敷地を拝領したのが「八代洲河岸」であった。それが八重洲となったということです。

銀座は日曜日は歩行者天国
         銀座発祥の地碑                                                   
                  京橋の親柱            
                江戸歌舞伎発祥の地   
               ヤン・ヨーステン記念碑

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