2015年8月14日金曜日

大阪を訪ねて(2)大阪天満宮②

 参拝を済ませて、狛犬の観察。左右とも阿形、身に着けた飾り、これは唐獅子ですね。オヤッ 足に何やら結び付けられています。ミサンガでしょうか?どんな願をかけたのでしょうか。大阪天満宮は1838年大塩平八郎の乱で焼失、1845年再建。 登竜門横にある金灯籠は戦前に供出してなくなっていたが同じ図柄で再現されたもの。屋根の上で鯉が威勢よく飛び跳ねている。大阪天満宮でもカープを応援しているぞ!
大阪天満宮狛犬(唐獅子)

左右とも阿形

オヤッ 足にミサンガ?

登竜門(大阪天満宮は1838年大塩平八郎の乱で焼失、1845年再建)

金灯籠の屋根に勢いよく跳ねる鯉

2015年8月13日木曜日

大阪を訪ねて(1) 大阪天満宮①

 8月9日大阪に行きました。早速天神橋筋商店街を通って大阪天満宮に参拝しました。楼門を見上げると羅針盤のようなものが下がっています。さすが大阪大きな境内です。大きな社殿が建っていました。
大阪天神橋商店街入り口

天神橋筋商店街は大阪天満宮参詣道

大阪天満宮楼門

楼門を見上げると羅針盤が

大阪天満宮社殿

2015年8月12日水曜日

三次市作木町岡三淵 茅葺屋根の家「殿敷」

 三次市作木町に茅葺の立派な家があるという情報が作木川の駅にあったので行ってみました。山の中の細い道を行けども行けども着けません。本当にこの道で大丈夫だろうかと不安になりかけた頃、峠を越えてパッと開けた山間の集落にそれはありました。なるほど立派な家です。説明板によると、この家はかつて庄屋であった三上家の建物で南北朝時代から室町時代頃島根県赤来あたりを領した武士であったが、戦いに敗れこの地に逃れ、この家の元祖となったようです。築500年だそうです。家の入口に荷車のオブジェがあります。この家は映画にもなった山代 巴の小説「荷車の歌」の舞台となった家のようです。子どものころ映画を観た覚えがあります。もう一度観たくなりました。
殿敷茅葺屋根の家

かつて大庄屋だった三上家

築500年(現在は交流施設として利用されている)

ずっと残しておきたい風景

この家は小説「荷車の歌」の舞台となった

2015年8月11日火曜日

三次市作木町常清滝を訪ねて

 8月2日三次市作木町にある常清滝に行きました。暑い日でしたが、滝に近づくにつれ、あたりの空気がひんやりしてきました。常清滝は約一億年前に噴出した流紋岩の断崖にかかる滝で華厳の滝や那智の滝にも匹敵する高さ126mもあるそうです。さわやかに落ちてくる水の音を聞いていると、マイナスイオンたっぷりで命が一日延びそうです。その気持ち良さを表現しようといろいろな角度とシャッター速度で写真を撮ってみましたが、なかなか難しいです。写真を撮っていると、滝の水でよく冷えたトマトをくださった方がありました。家でできたのを持ってこられたとか。新鮮でおいしいトマトをいただき、すっかり暑さを忘れ気持ちのよい時間を過ごすことができました。

常清滝(高さ126m華厳の滝や那智の滝にも匹敵する高さ)

約一億年前に噴出した流紋岩の断崖にかかる滝

マイナスイオンたっぷり

秋の紅葉の時期も良いが、緑が美しい

夏の暑さを忘れるひと時

2015年8月10日月曜日

安芸高田市甲田町 高林坊を訪ねて

 五龍城に続いてやはり安芸高田市甲田町にある、浄土真宗本願寺派の巨刹高林坊を訪ねました。お城のような立派な石垣の上に高林坊は建っていました。境内に入ると威風堂々とした本堂が建っていました。境内には枝ぶりのよい松もありました。安土桃山時代の様式を残しているという慶長庭、南北朝時代(1383年)に鋳造されたといわれる梵鐘(県重要文化財)がありました。
安芸高田市甲田町高林坊(お城のような立派な石垣)

高林坊本堂(市重要文化財)

境内の枝ぶりのいい松

慶長庭

南北朝時代(1383年)に鋳造された梵鐘(県重要文化財)

2015年8月9日日曜日

安芸高田市甲田町甲立 五龍城跡を訪ねて(2)

 宍戸司箭神社には苔むした狛犬がいました。あまり大きいものではありませんが、とてもいい彫です。文化11年(1814年)に奉納されたもので、尾道石工の名前があります。神社の脇を通って城山に登ります。神社のすぐ裏の岩山が物見の段になっています。ここから尼子軍を見張っていたのでしょう。少し進むと両側が切り立った崖になっている道を通ります。なるほど、どんな大軍も攻めきれなかったはずです。一位の段というかなり広い平坦部、二の丸、三の丸跡を通って本丸跡に着きました。ここには石段も残されています。少し道をそれると釣井の段があり、井戸も残されていました。
宍戸司箭神社狛犬(文化11年 奉納 尾道石工制作)

物見の段

登山道の両側は切り立った崖

一位の段(二つの祠が建っていた)

二の丸跡

三の丸跡

本丸跡

石垣が残っている

釣井の段

2015年8月8日土曜日

安芸高田市甲田町甲立 五龍城跡を訪ねて(1)

 日にちは遡りますが7月26日安芸高田市甲田町甲立にある宍戸氏の居城五龍城跡に登りました。宍戸氏は吉田の毛利氏と対立していた時期もありますが、毛利元就の娘を孝家の妻として迎えて、毛利氏と協力関係を結び、以後吉田郡山城の戦いで尼子詮久を撃退するのに協力するなど毛利氏の中国地方の覇者への道の大きな役割を果たしました。五龍城には宍戸司箭神社の表参道から登りました。入口案内には裏参道から登るように矢印があります。なるほど、表参道の石段はかなり急でしかも痛みがひどく危険です。気を付けながら石段を上ると宍戸司箭神社に着きました。ここは尾崎丸跡です。
五龍城跡

五龍城跡図

五龍城跡登山口にある龍(手足がかわいい)

五龍城へは鳥居を潜って登る

神社参道石段

石段は崩れかけて危険

尾崎丸跡に建つ宍戸司箭神社