歴史さんぽ
2025年10月17日金曜日
高野山・熊野古道の旅(5)熊野本宮大社・大斎原・熊野那智大社へ
古くから多くの人々が熊野古道を通って目指した熊野本宮大社に着きました。しかし、この神社はかつては大斎原の位置にあったのですが明治22年の大洪水で流されたため、明治24年に今の場所に移転したのだそうです。熊野本宮大社を参拝しましたが写真はネット禁止なので、掲載できません。次に大斎原を見学し、バスで熊野那智大社に行きました。長い石段を上り熊野那智大社に参拝しました。
熊野本宮大社
大斎原大鳥居
熊野那智大社の鳥居を潜る
長い石段を上る
熊野那智大社社殿
2025年10月15日水曜日
アサギマダラがやって来た
団地の近くの農家の畑にフジバカマを植えたら、アサギマダラがやって来たという情報があったので、行ってみました、成程たくさんのアサギマダラがヒラヒラ飛んでいました。ここでしっかり蜜を吸い、力を付けて南に渡っていってほしいものです。アサギマダラ以外のルリタテハ等のチョウもいました。
フジバカマ
アサギマダラ①
アサギマダラ②
アサギマダラ③
ルリタテハ
2025年10月14日火曜日
高野山・熊野古道の旅(4)熊野古道を歩く③
三軒茶屋から少し登ると九鬼ヶ台関所跡に着きました。関所ではお金を払わないと通れなかったようです。お金がない人は沢山持っている人にお金をもらって通ったという事です。そこには道標がありました。「右かうや 左きみい寺」と書いてあります。しばらく歩くと寄り道と書いた案内板がありました。寄り道すると展望台があり大斎原の大きな鳥居が見えました。かつてはこの場所に本宮大社があったのですが、洪水で流されるため、現在の高台に移されたという事です。ここからは下りです。石畳を下ると。祓殿王子に着きました。
九鬼ヶ台関所
道標
寄り道して展望台へ
展望台から大斎原の鳥居が見える
石畳を下る
祓殿王子
2025年10月13日月曜日
高野山・熊野古道の旅(4)熊野古道を歩く②
滝尻王子の前に紀伊山地の霊場と参詣道、熊野参詣道中辺路の世界遺産記念碑がありました。ここから熊野古道中辺路を歩く人が多いのですが、私たちは初心者コースの三軒茶屋跡から歩きます。九鬼ヶ台関所跡や道標があります。ここが高野山や紀三井寺に向かう分かれ道になっています。道は道の土が雨で洗われ、木の根がむき出しになっていたり、土が流れるのを防ぐために石を階段状に積んであるところなどがあり、歩きにくいので、躓かないよう気を付けて歩きました。
世界遺産記念碑
熊野古道中辺路
道標
九鬼ヶ台関所
木の根がむき出しになった道
石の階段
2025年10月12日日曜日
高野山・熊野古道の旅(3)熊野古道を歩く①
宿泊した和歌山マリーナシティホテルの朝は満月が海に沈む景色を見ることが出来ました。良い天気になりそうです。ホテルを出発して先ず向かったのは熊野古道館です。平安時代に熊野古道を歩いた貴族の人形の展示など色々な資料が展示されており、熊野古道について大体の知識を得ることが出来ました。そしてすぐ近くの滝尻王子に行き、平安時代の貴族と同じように旅の安全を祈りました。
朝の月
熊野古道館
熊野古道館内展示
滝尻王子
2025年10月11日土曜日
高野山・熊野古道の旅(2)高野山奥の院・壇上伽藍
高野山では奥之院と壇上伽藍をガイドの方に案内していただきました。奥之院にはたくさんの墓が建ち並んでいました。かつては敵味方であった人物が同じ場所に埋葬されているのは現世では争っても来世では皆仏として平和な世界におられるのかと思いました。壇上伽藍は空海が高野山を開創されたとき真っ先に整備に着手された場所だそうです。中門や金堂、大塔等多くの建物が建ち並んでいました。
弘法大師の大切な言葉
多くの墓が建ち並ぶ
壇上伽藍中門
金堂
大塔
2025年10月10日金曜日
高野山・熊野古道の旅(1)
10月7日~9日高野山・熊野古道の旅をしました。先ずこうや花鉄道「天空」に乗って高野山に向かいます。「天空」は標高92mの橋本駅から標高535m極楽橋まで曲がりくねって、急こう配の線路を走ります。椅子の並び方も外が見やすく設計されています。極楽橋駅からケーブルカーに乗り換えて標高867mの高野山駅に登ります。このケーブルカーはスイスから輸入したものだそうです。車両のデザインも天井のデザインもオシャレです。
こうや花鉄道「天空」
「天空」内部
天空は標高92mの橋本駅から535mの極楽橋まで上る
スイスから輸入したケーブルカーで標高867mの高野山駅まで上る
ケーブルカーの天井
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