歴史さんぽ
2019年2月5日火曜日
安佐南区相田・安辺りを歩く(2)災害の碑・萩尾山神社の石灯籠
忠魂碑の横に災害の碑が建っています。以前も紹介したことがありますが、昨年の平成30年7月豪雨による大災害があったことから、改めて、案内板を読み返してみると、大正5年(1916年)9月に襲った豪雨により安川の堤防が決壊し死者4名、流失家屋21戸、堤防決壊14ヶ所、橋の流失15ヶ所、多くの道路・田畑が流失するという大惨事となり、この地に建っていた村役場も流失しました。その時近隣の町村や海外の移住者からの義援金や人的援助により3ヶ年かけて復旧したのだそうです。この災害の様子と安村の再建に取り組んだ村人の姿を後世に伝えるために大正8年(1919年)に建てられた碑です。ちょうど今年で100年目になります。安川沿いの小路は古代山陽道であったのではないかと推定されている道です。この道沿いに建っている家の敷地は道よりかなり高くなっています。これも水害を防ぐためでしょう。この道沿いに萩尾山神社の石灯籠が建っています。天保10年(1839年)に建てられたものです。この石灯籠の基礎石などにたくさんの盃状穴が彫られています。
災害の碑
災害の碑案内板
古代山陽道推定の道(家の敷地は道よりかなり高くなっている)
萩尾山神社の石灯籠(天保10年奉納)
基礎石などにたくさんの盃状穴が彫られている
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