2014年3月24日月曜日

北広島町万徳院跡を訪ねて(1)

 北広島町の万徳院跡に行ってみました。この寺院は、天正3年(1575年)頃、吉川元春の嫡男で毛利元就の孫にあたる吉川元長の発願によって建立されたものです。元長の生存中は半ば別邸として使われ、死後吉川氏の菩提所となったようですが、関ケ原の戦い後、吉川氏の周防の国岩国への転封に伴い万徳院も岩国に移転したようです。平成3年から県教育委員会により発掘調査が行われ、現在は国史跡に指定され歴史公園としてきれいに整備されています。万徳院跡ガイダンスホールという本堂をモデルとしたきれいな建物内の展示物やビデオで全体をつかんだ後、現地を歩きました。万徳院へまっすぐ延びた参道を進んでいくと、大きな石を巧みに組み合わせた石垣がありました。「石つき之もの共」と呼ばれた石垣築造の専門集団による築造と考えられるようです。広い境内跡にはいろいろな施設跡が保存されていました。風呂屋跡は建物が復元されていました。
万徳院跡へまっすぐ延びる参道

 寺の前面には総延長56、6m、高さ約1、8mの石垣が築かれている。所々に石材の広い面を正面に出した立石を配する独特の技法が見られる。「石つき之もの共」と呼ばれた石垣築造の専門集団による仕事と考えられる。

広い万徳院境内跡

復元された風呂屋(西側にかまどを備えた釜屋を持ち、その東側に湯殿を持つ。蒸風呂形式の風呂屋)

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