2015年10月1日木曜日

北広島町 今田城跡に登る(3) 本丸跡

 二の丸から本丸に上がって行く途中の道脇には矢竹が生えていました。城は無くなっても何百年もつないできた命があることに感慨を覚えます。本丸には一面シダが生えていました。今田城跡の石柱や国旗掲揚のポールまで設置されており、国旗が揚がっていました。地域の人が揚げ降ろしをされているのでしょうか。絵図がついた説明板や鳥瞰図も設置されていました。説明板によると、今田城は、今田氏が築城したが戦国時代初め、今田氏が没落すると吉川経高が継承し、吉川元春が吉川氏を相続し日山城を居城とすると、日山城の支城としての役割も果たしたようです。
何百年も命をつないできた矢竹

本丸跡にはシダがびっしり生えていた

本丸には国旗が揚がっていた

本丸にあった今田城跡の絵図

本丸からの眺め

本丸にある鳥瞰図で位置関係がよく分かる

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