2015年10月17日土曜日

赤穂を訪ねて(6)赤穂城④ 山鹿素行像・本丸門跡

 赤穂城本丸跡に向かっていると、山鹿素行の銅像がありました。山鹿素行(1622~1685)は兵学者・儒学者として高名で、赤穂城築城にも参画したり、兵法を家中に指南したりしました。また1665年から1675年まで幕府により赤穂に配流され、その間素行の学問を代表とする書も完成させています。本丸門跡は明治の初め頃取り壊されましたが、平成8年に復元されたようです。説明板に明治10年頃の写真がありました。本丸櫓門内部には上水道の木枡や給水管などが展示してありました。梁など内部構造も見ることができました。

 山鹿素行像(赤穂城築城に参画し二の丸虎口の縄張りを一部変更したり家中に兵法を指南した。)

赤穂城跡本丸門(平成8年復元)

取り壊し前の赤穂城本丸門(明治10年頃 説明板より)

本丸櫓門(木造本瓦葺入母屋造り)

本丸櫓門内部(上水道木枡給水管等が展示されていた)

本丸櫓門内部の梁

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