2015年7月23日木曜日

萩往還を歩く 防府天満宮~三田尻(9) 三田尻御舟倉跡

 三田尻御茶屋跡からおよそ500m歩くと、三田尻御舟倉跡に着きます。江戸時代中期頃まで参勤交代はここから江戸に向けて船出しました。しかし元禄元年(1688年)以降、しだいに周りは埋め立てられ、一本の水路で海とつながるようになっていったようです。明治以降御舟倉は廃止となり、水路も暗渠となり現在は池のようになっています。これで萩往還を完歩したことになります。萩からここ三田尻までほぼ直線で結ぶ道だけに、険しい坂道、山道の連続で藩主の駕籠を担いでの道中は乗る藩主も御供の人々も大変だったことでしょう。この大変さが幕末討幕を決意させる伏線になったのかも知れないと実際に歩いてみて実感できました。やまぐち萩往還語り部の会から完歩証明書をいただきました。完歩と言っても、主な見どころを4回に分けて歩いただけですから、全行程を歩いたのではありません。機会があったら挑戦してみたいと思います。スタンプカードに「飛耳長目」と書かれています。出典は中国の古典「管子」に由来する言葉のようですが吉田松陰が松下村塾で塾生達に「耳を飛ばし目を長くして、できるだけ情報を入手し将来への見通し、行動計画を立てなければならない。」と情報の重要性を説いていたようです。往還道ウォークを通して親切に説明してくださった現地ガイドのみなさんに感謝です。
三田尻御船倉跡

現在は家に囲まれてしまった御船倉跡


萩往還を歩くともらえるスタンプカード「飛耳長目」

萩往還を完歩するともらえる完歩証明書

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