2015年7月8日水曜日

広島市中区 とうか山圓隆寺 原惣右衛門夫妻の墓・子まもり地蔵尊

 古本屋でふと手にした森本 繁著 《歴史紀行 「忠臣蔵」を歩くと》いう本に、赤穂浪士の原惣右衛門の墓がゆかた祭りのとうかさんで有名な圓隆寺の墓地にあると書かれていたので、早速墓参りしてきました。 圓隆寺は元和5年(1619年)浅野長晟が紀州より広島城に入封の時、現在の地に建立した寺です。境内にある、とうか大明神の御神体は法華経の守護神で稲荷をとうかと唱えるのだそうです。ちょうど、寺の方がおられ、親切に墓に案内していただいたり、由来などを教えていただいたりすることができました。惣右衛門夫妻が「とうかさん」を熱烈に信仰していた因縁でこの寺に原惣右衛門夫妻の墓があるのだそうです。原家歴代の墓もこの墓地にあります。墓の隣に子まもり地蔵尊と書かれた地蔵様が安置されているので由来を聞くと、原爆が投下された時、この寺は全壊し、ちょうど寺の本堂で学んでいた小学生(当時は国民学校低学年児童)が亡くなったので、その子どもたちの慰霊のために安置されたのだそうです。
 
とうか山圓隆寺

圓隆寺墓地にある赤穂浪士原惣右衛門夫妻の墓

惣右衛門の妻が亡くなったとき、長男の重次郎が夫妻の墓を建てた

原惣右衛門夫妻の墓の隣に子まもり地蔵尊がある

圓隆寺を教場として学んでいて被爆して亡くなった国民学校生の慰霊のため建てられた

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